難病だけが残った

 

 

 医薬のターゲットとなりうるタンパク質もすでに検討が進み、有力と見られる標的は少なくなっている。以前は手掘りでも簡単に金塊が見つかった金鉱は、数十年でほとんどを掘り尽くしてしまい、強力な探知機や掘削機械を使ってさえなかなか鉱脈にたどり着けなくなってしまったのだ。

 

 もちろんいまだに有効な薬がない、未解決の疾患は残っている。例えば巨人な市場があり、根治療法が存在しないアルツハイマー症の治療薬は、まさに世界が欲するものだろう。この分野の先陣を切った「アリセプト」(エーザイ)には、長らく他社から同夕イプの薬が現れなかった。医薬というものは最初にコンセプトを実証し、新市場を切り間くのは大変だが、他社の薬の後に追随するのははるかに楽だから、アリセプトのように長期にわたって市場を独占できたケースは珍しい。

 

 これはひとつには、動物試験の難しさが原因となっている。すなわち、創薬の過程では適当な「疾患モデル動物」が必要となる。例えば炎症の薬であれば、実験動物に結核菌の死骸を注射して炎症を起こさせ、その症状を医薬候補化合物がどの程度抑えるかで評価が行われる。

 

 人間でもマウスでも炎症の仕組みは基本的に同じだから、このモデルはある程度信頼をおける。しかし、アルツハイマー症のモデル動物とはいったい何だろうか? 一応各種荼物を投与して、記憶力を減退させたマウスなどが実験に用いられてはいる。しかしそれが果たして人問のアルツハイマー症の症状をきちんとシミュレートできるようなものか、素人考えでも疑問に思うところだろう。特にこのような中枢系の疾患には、動物実験の難しさがつきまとう。

 

 筆者は二〇一〇年間題の原因について、何人かの薬理専門家に話を伺ったが、この「モデル動物の不備」を指摘する声は多かった。実際、高血圧や高脂血症など、症状の改善が数値化しやすい優れたモデル動物があるジャンルには、たいていよい薬が存在している。新たな医薬を創り出したければ、新規な優れたモデル動物が必要だが、ゲノム創薬やHTSといった新技術に研究資金が回され、こうした地味な検討に力が注がれなかったのが惜しまれる、と彼らは言う。

『医薬品クライシス』佐藤健太郎著より