名門メルクの蹉跌

 

 企業の評価基準には、売上・従業員数・株式時価総額・社会貢献度など様々な尺度があり得る。もし、製薬会社の中で「最も尊敬される企業」という一見曖昧な尺度でアンケートを取ったらどうなるか。

 

 恐らく衆目の一致するところ、それは米国のメルク社となる。少なくとも二〇〇三年までは、問違いなくメルクこそが同業他社に最も敬意を払われる会社であった。各国で大企業同士の合併が進む中でもメルクのみは「名誉ある孤立」を選び、世界トップの座から五位、八位と順位を落としはしたが、依然としてその名声は揺るがなかった。

 

 メルクが敬意を払われる理由は、その研究水準の高さにある。今までにも多くのジャンルで先陣を切って新薬を開発しており、その研究過程、生産プロセスは多くの創薬化学の教科書に収録されているほどのものだ。筆者も彼らの講演を聴いてそのレベルの高さに舌を巻き、こんな会社と正面から渡り合ってもまず勝ち目はないと、感心するよりむしろ呆れにも似た感情を覚えたものだ。

 

 筆者の所属していた会社には、陰で「ふたメルさん」と渾名されている人物がいた。「二言目にはメルク」の略だそうで、実際何かというと彼の囗からは「メルクでは」「メルクなら」という言葉が出てきた。彼は多数動いている研究テーマのゴーストップ、人員の投入を決める重要な部門に所属していたのだが、その判断基準といえば「メルクが

『医薬品クライシス』佐藤健太郎著より