透析患者の心理面の問題

 

 いきなり透析療法を宣告された患者さんはとくに激しい心の動揺にさらされます。

 

 「何かの間違いではないのか」、「仕事が忙しいのに、こんなに治療に時間がかかるとは」などの心の葛藤の時期が一~二年は続き、やがて事態を受け入れる「受容」、「諦め」の時期に入ります。血液透析の場合、週二回透析ではほぼ一日おき、週二回透析では二日おきに透析センターに通い、それが一生にわたって続くのですから、いろいろな精神症状が現われます。

 

 精神料医で透析療法も子がけている春木繁一(松江青葉クリニック)によると、透析患者の心理状態をみると、病気の予後、肉体能力・体力、経済面、仕事などに対する「現実的な不安」、

人間関係、孤立化、自尊心の低下、同病者の死、将来計画の挫折などの「実存的な不安」を抱えている人が多く、睡眠障害、食欲不振、意欲の減退、自殺願望、自殺企図といったうつ状態を示す人もいるようです。腎臓移植のドナーとレシピエント、透析施設に動務する医師・看護師などの透析スタッフにも心理ストレスが生じやすく、これらも対象としたサイコネフロロジー(腎臓精神医学)学会は一九七〇年代に生まれ、日本を含めた先進各国で定例会が開かれています。

 

 この学会の発起人の一人であるスロボダンーイリック(ユーゴスラビア、ニーシ大学)は「透析療法は患者さんを医療装置への依存状態に置くものである。患者さんはいったんは大いに満足するものの、すぐに自分が孤独であるという雰囲気に直面させられることになるIサイコネフロロジーは、いわば外的な力によって発生した学問である。ここでいう外的な力とは、腎不全患者と関係者の問に蓄積した問題である」と『サイコネフロロジーの過去・現在・未来』(春木繁一監修、ライフーサイェンス、二〇〇一年)で述べています。

 

 「血液透析の治療方法と患者の予後についての調査」(DOPPS、中心は米国アーパーリサーチ)では血液透析患者の心理について二〇〇二~○四年に共通の質間表により世界の一二か国で調査しました。その中で諸外国のうつは三九~六二%に分布し、日本は四〇%でした。ところが医師が患者さんをうつと診断した率はほとんどの国が一〇%以上だったのに、日本では二%と、質問表による成績より極端に低い結果でした。

 

 どうも日本の患者さんは、うつ状態にあってもそれを他人に悟られまいとしているようです。表面上、明るくふるまっていても透析療法の受容はできず、一生拘束され、ともに透析を受けていた仲間が亡くなるのを見て、いつわが身にふりかかってくるかと不安におののく日常を送っているようです。日本では腎臓移植のチャンスがほとんどないことも気持ちを暗くさせているのではないでしょうか。

 

 透析患者の四〇%にみられる睡眠障害は、うつ状態を示していると思われ、この段階でカウンセリング、抗うつ薬などによる治療が必要ですが、実際にはあまり行なわれていません。患者さんの医療費自己負担がほとんどないことなどもあり、「自分は世間の厄介者だ」と思いこみ、自己主張が少ない傾向があります。

 

 なお、日本の透析患者の三・五%は腹膜透析患者で、月一~二回の通院ですみ、その点では心理面は多少よい状態にありますが、細菌感染による腹膜炎への不安、腹膜機能低下への不安など別の不安も抱えています。

 

 透析患者の心理面は欧米でも基本的には同じですが、一番の違いは、欧米では常に透析患者の三〇%が腎移植を受け、透析療法から免れた生活を送っている点です。移植のチャンスが少なからずあれば、先にあげた不安・うつ状態が比較的現われにくく、緩和されるのではないでしょうか。血液透析の場合、頻回に透析センターに足を運び、四時問ほどかけて血中に貯留した老廃物や過剰水分を除去しなければなりません。センターへの往復、透析終了後の休憩時間を含めると、計六~七時間を一回の透析ごとに割かなければなりません。いわば透析装置や透析スタッフに強く依存した生活で、しかもそれが一生続くのですから、拘禁による反応が出ても不思議ではありません。

『腎臓病の話』椎貝達夫著より