特殊製剤づくりは薬剤師の腕の見せどころ
市販されている鎮痛薬の中で病状に合うものがない場合は、薬剤師が病院内で特殊製剤をつくることもある。加賀谷さんは、こんな例を紹介してくれた。
60代の女性A子さんは子宮頸がんと診断されたとき、すでにがんが子宮頸部から腟の壁まではみだすほど大きくなっていた。会社を経竹しているため忙しくて、がん検診に行くことができなかった。この場合(ステージm期)、もう手術による治癒は望めないので、放射線治療と化学療法を同時併用することになる。
だが、一通り治療を終えたあとも病状は進行し、10ヵ月後には腟からがんが盛り上がった。下腹部を押さえつけられるような重苦しい痛みが昼夜を問わず続く。A子さんはたまりかねて、症状緩和の治療を受けたいと入院した。
主治医は最初、非ステロイド抗炎症薬のナプロキセン(ナイキサン錠)を投与した。が、痛みが軽減しないため、硫酸モルヒネの除放剤(MSJンチン錠)を追加した。モルヒネ製剤は、脊髄や脳の中枢神経に直接働いて、痛みの伝達経路を部分的に遮断する。
だが、A子さんが腸閉塞を起こしたため囗から薬を飲むことができなくなり、今度は貼り薬のフェンタユルパッチを使った。が、患部のガーゼを取り替えるとき、A子さんが「飛び上がるほど痛い」と歯を食いしばってこらえる。やがて、痛みが強くなり、夜も眠れず、ようやく眠っても寝返りをうつたびに痛みで目が覚めるようになり「どうにかしてくれませんか」と涙ながらの訴えがめった。モルヒネは注射による投与もできるが、A子さんの痛みは腟部局所の痛みだったので、注射の場合は量を多くしなければならない。何とかできないかと院内ご検討し、特殊製剤づくりを試みることになった。
当時、加賀谷さんは痛みと症状に関する米国医学雑誌journal of pain and symptom managementで、塩酸モルヒネ粉末とゲル用基剤を乳鉢で少量ずつ混ぜ合わせて「モルヒネのゲル(ゼリー状)をつくる」という論文を読んだことがめった。そこで、他病院の医師からも情報を取り寄せ、ゲルづくりに取りかかった。厚生労働省の認可がない薬であることから、病院が安令責任や製造責任を負うため、院内の倫理委員会に複数の書類を回して承認を得なければならない。さらに、患者にもインフォームドコンセントを取り承諾を得る。A子さんのがんは進行が早く、実際の臨床で製剤を使えるようになるまで、加賀谷さんは毎日、やきもさしていた。ようやく、治療で使うことができたとき、製剤づくりに関わった薬剤師全員が驚くほどうまく効果が現れた。A子さんが「信じられないほど、楽になった」と言ったからだ。
薬剤部の岩田浩実さんは、こう思い出す。
「治療前、A子さんは痛みのためベッドに座れず、トイレにも行けない状態でした。でも、モルヒネゲルを塗った翌日には座って食事をすることができたんです。3日目には歩いてトイレに行き、シャワーを浴びることもできるようになって。表情が大きく変わって生き生きとしてきましたね。日常生活のひとつひとつが自分でできるようになると、患者さんは『家に帰れる(退院できる)』という希望を持てるようになります」
岩田さんはこのとき、薬剤師になって本当によかったと実感したそうだ。
『がん闘病とコメディカル』福原麻希著より 定価780円