アメリカの薬価は世界一高い

 

 ただしこのシステムは、弊害ももちろん多い。薬で命をつないでいる患者にとっては、どんなに高い薬価だろうと支払う他はないから、法外な価格がついている薬も存在する。例えば、特殊な白血病の画期的な治療薬として話題をさらったノバルティス社のグリペックは、月当たりの薬価が二二〇〇ドルにもなる。貧困層の患者には支援プログラムなども用意されているが、一般市民にとっては極めて重い負担だ。

 

 健康保険があるから大丈夫だろうといわれそうだが、アメリカではこれが極めて威しい。「ボウリンダーフォー・コロンパイン」「華氏911」などの社会派ドキュメンタリー作品で知られるマイケルームーア監督は、二〇〇七年の作品で、アメリカの医療保険制度をターゲットとした。

 

 ムーアは、保険会社があらゆる理山をつけて患者に支払いを拒み、自己負担を吊り上げている現状を、彼らしいユーモアに包みながらも厳しくえぐり出している。矛先は製薬業界にも向かい、アメリカで二一〇ドルした薬が、キューバではわずか五セントで子に入るなどの驚くべきシーンが次々と映し出される。

 

 アメリカは医薬だけでなく入院費なども極めて高いから、一度の病気で貧困層に転落する人が後を絶たない。まして糖屡病や高血圧など、長期にわたって薬を飲み続けなければならない高齢者にとっては、薬剤費の負担は極めて厳しい。このため、近年では薬価の安いカナダやメキシコに、薬をまとめ買いに行くツアーが人気を博しているともいう(アメリカ以外の先進国では、上限を定めたり、他国水準に介わせたりなど、何らかの形で薬価にリミットがかけられている)。

 

 そして、この医療保険にすら加入できない貧困層が、五千万人にも上っているのが現状だ。金持ちは最先端科学の恩恵に与れるが、貧乏人はまともに治療さえ受けられないというのは、とうてい健全な制度とは言い難い。アメリカの平均寿命は主要先進国中最も短く、乳幼児死に」率は貧しいはずのキューバより高い。その原因の一つがこうした医療費負担の大きさであるという彼の主張は、あながち全くの誇張やこじつけの作り話とも言い切れない。

 

 武川薬品前会長で、名経営者として知られた武田氏などのように、日本もこの自由薬価制度を取り入れるべき、と主張する業界関係者は少なくない。しかしアメリカの医薬品制度の抱える深い病根を見る限り、医療・医薬という人間の生命に関わる部分だ

『医薬品クライシス』佐藤健太郎著より