死の臨床にどう向き合うか

 臨床現場では薬剤師が痛みを取りのぞき、患者の笑顔を取り戻すことがあれば、がんの進行のほうが早くて手のほどこしようがないこともある。治癒が望める人は医師やコメディカルの手から離れていくが、病棟では亡くなっていく患者のほうが圧倒的に多い。前述のA子さんも薬剤部の尽力かなわず亡くなった。その頃から加賀谷さんは、担当した患者の出棺に立ち会うようになった。

 

 そんなとき、どのように死の臨床に向き合い、気持ちを整理するのか。

 

 「やはり、趣味などで自分をクリアにしていく時間がないと、いろいろな思いを背負い込んでストレスがたまっていきます。亡くなっていく方とどう向き合うか、たとえば、私の場合は『こういうときは、こんな治療をした』『こんな方法もあったかもしれない』と記録を書き留めていきました。亡くなった方の臨床経験のひとつひとつが次の患者さんに役立つよう、自分の血や肉としていくためです。管理職に就いてからは薬剤部のスタッフにも、毎月、記録を書いてもらっています」

 

 加賀谷さんはそう言いながら、棚からスクラップブックやノートを何冊も出した。

 

 「こういう記録を見ると、患者さん一人一人のことを思い出しますね」

 

 さらに、自分かその日を迎えたときのことも考えているという。

 

 「いつか自分にもという覚悟はできていて、『棺には私の好きなジャズアルバムを入れてくれ』などと家内には伝えています。麻薬を投与されたときの体験を書くことが、自分の最後の仕事になるのかなと思うこともありますね。でも、本当にそのときがきたら、私でも『なんで、俺ががんに……』という言葉が出てしまうのかもしれません」

 

 思わず、「がんとは、どんなヤツですか?」と私は聞いてみた。

 

 「やっぱり、こわいヤツですね。殺し屋ですからね。でも、早く見つかれば、意外に単純なんですよ。ただ体に増殖してはびこると、手ごわい」

 

 さらに「それでは、がんと闘うために必要な武器は何ですか? クスリですか?」「サプリメントは邪道ですか?」とたたみかけると、加賀谷さんはこう言った。

 

 「がんの種類によりますが、手術、抗がん剤放射線、免疫力、セルフケアなど総合力だと思います。がんの診断時、医師は余命をある程度予測しますが、それが延びる場合もある。それは医療技術によるものだけでしょうか。それとも、もともとその患者さんの寿命が長かったからでしょうか。私は患者さんがあきらめないことで、寿命は延びると思います」

 

サプリメントを『エビデンスのないものは、金をドブに捨てるようなもの。飲む意味がない』と言えばそれでいいのでしょうか。患者さんにとっては、その毒にもクスリにもならないものが、一つの希望だったりするかもしれません。悪徳商法で売っているものを賛成するわけにはいきませんが、すべてを否定できるものでもないと思います。そんな患者さんの希望をいかにサポートできるかが医師やコメディカルの腕や力で、そのためにはサイエンスだけでなく、(胸をたたいて)ここ(ハート)が必要ですよね」

 

 

あなたは仕事に対する使命感を持っているか

 

 こんな薬剤師の仕事には、コミュニケーション能力のある人が向いていると言う。

 

 「昔は、緻密で薬の調剤を正確に早くさばける人が優秀な薬剤師として重宝されていました。でも、今はコミュニケーション能力がないと現場で使いものにならない。世の中に患者さん向けの薬の情報が氾濫してきたので、薬剤師がこれらの情報を収集し整理し評価し、患者さんにわかる言葉に置き換えながら薬を渡すことが必要です。そのとき、薬の情報を棒読みしても患者さんの心には届きません。錠剤や粉末そのものは化学物質のかたまりに過ぎず、それらに必要な情報をセットすることで、初めて患者さんも納得して飲み続ける。薬の効果がうまく現れるわけです」

 

 実は薬剤師のキャリア31年の加賀谷さんにはつらい思い出がある。

 

 初めて臨床業務を担当した患者の出根時、遺体の前でいろいろな場面を振り返ったとき、「自分の仕事には思い残すことが多かっか、コミュニケーションが足りなかった」と激しい後悔に襲われた。ベッドサイドで薬の効果や副作用を説明したが、それが患者の本当に知りたかったことか。自分の話を患者はどんな気持ちで聞いていたのか。が、そんなふうに考えたことは一度もなかったことに気づいた。

 

 「それまで、薬剤師の仕事はサイエンスだと思っていました。でも、医療の半分はアートのセンス、つまり想像力も必要だとわかったのです。私は自分の仕事を一方通行でこなしていたんですね。この経験以来、相手の立場になって考えることが増えました」

 

 毎年、新人研修ではコミュニケーションスキルのトレーニングを多く取り入れている。たとえば新人にベッドに寝てもらって患者役を体験させ、どんなふうに対応すれば相手が安心するか研究してもらう。病室のどこで声をかけて、どんなふうに近づいて、どのあたりで目線を合わせるか。そんな研修を重ねると、患者の立場から考えてみることの重要性がわかってくるという。

 

 また、チーム医療で動くことが多いので、患者だけでなく医師や同じコメディカルに対しても協力関係が築ける能力も求められる。

 

 「ときには医師の仕事の領域まで踏み込むこともありますが、チーム医療としての役割も心得なければなりません。みんながピッチャーをしたら、野球にならないわけです。医師がピッチャー、看護師はキャッチャー、薬剤師は内野も外野もカバーできるよう、ショートストップでしょうか。攻撃より守備のうまさを大事にしてほしいと思います」

 

 そんな人を選ぶため、面接ではどんなところを見ているのか。学生にコミュニケーションスキルを求めるのは難しいのではないかと聞いたところ、応対の仕方、話し方、そのときのしぐさで、ある程度、将来性はわかるという。

 

 「一番重視するのは、『どうして医療現場で仕事をしたいのか』という使命感ですね。みなさん、いろいろな模範解答を言いますが、目的がなく仕事に就いた人は、たとえ相手に話を合わせるのがうまくてコミュニケーション能力が高いように見えても、その会話は患者の心に響かない。そういう人はあとで必ず患者さんからクレームが来ます。患者さんと接する仕事をしたい、生死に関わる仕事をしたい、人間に興味があるという人・・・(省略)

『がん闘病とコメディカル』福原麻希著より 定価780円