バイアグラは偶然の産物

 

 臨床試験で人体に投与して初めて見つかる作用というものは数多い。大半は好ましくない作用が見つかってドロップになってしまうケースだが、中には思いも寄らぬ効果が見つかって、別の種類の医薬として花開くケースもある。

 

 有名なのはバイアグラの場合だ。この薬はホスホジエステラーゼ(PDE5)という酵素を阻害する作用がある。CGMPという体内物質は血管を弛緩させて血流を高める働きがあるが、PDE5はこのCGMPを分解する作用を持つ。つまりPDE5の働きを阻害し、CGMPの濃度を高めてやれば、血流がよくなるという理屈だ。

 

 このためバイアグラは、当初狭心症の薬として間発が進められていた。狭心症は心臓の冠動脈が詰まって血流が止まる病気であるから、血管を広げてやれば発作は治まるはずである。しかし実際には、この薬の狭心症に対する効果は低いものだった。なぜ効果がなかったのかは難しい問題で、事前予測も解決もなかなができるところではない。

 

 ところがこの臨床試験の過程で、男性の服用者に勃起現象が起きることが判明した。この薬は目的の冠動脈には作用しなかったが、陰茎周辺の血管には作用して充血を促し、結果として勃起が起きるということが明らかになった。

 

 間発を進めていたファイザー社はこの結果を見て思い切ってED(勃起不全)治療薬へと方針を切り替え、こちらの用途では臨床試験は見事成功を収めた。偶然から生まれたこの薬は画期的新薬として世界の話題をさらい、同社に年間三〇〇〇億円もの売上をもたらすベストセラー薬となったのはご存知の通りだ。

 

 こうした例は実は少なくない。山之内製薬(現・アステラス製薬)から販売されている(ルナールもそうした偶然から生まれたものだ。この薬は前立腺肥大による排尿障害の治療薬として、現在標準的な地位を占めている。

 

 この化合物は、α受容体遮断薬というジャンルに属する。これは本来アドレナリンが結今する受容体だ。アドレナリンはご存知の体を興奮させるホルモンで、心臓の拍動を強めて血圧を上げる作用がある。つまりこのアドレナリンをブロックする化合物を創れば、血圧降下作用を示すと当初は考えられていた。

 

 同社研究陣が創り上げた塩酸タムスロシンは、試験管レベルでは優れた万言谷体遮断効果を示したが、残念ながら人体での降圧作用は非常に弱く、開発は頓挫した。しかし・・・

 

『医薬品クライシス』佐藤健太郎著より