毒と薬は紙一重

 

 

 抗ガン剤による副作用は、一般にもよく知られているものたろう。抗ガン剤の多くは、DNAを破壊するなどの形で細胞分裂を食い止める作用を持つ。これによってガン細胞の増殖を抑える目的だ。しかしこの時、抗ガン剤は同じく盛んに分裂している正常細胞にもダメージを与え、それが毛根細胞ならば脱毛を、消化管細胞ならば吐き気や下痢を引き起こしてしまう。

 

 ガン細胞は様々な変異が積み重なって、異常に増殖する能力を獲得したものだが、根本的には自分の細胞そのものであるため、正常細胞と区別をつけて攻撃をかけることが難しい。抗ガン剤の副作用は最も辛い、痛ましいものの一つであるが、「細胞の分裂を止める」というアプローチでのガン治療が行われる限り、これは完全には避けられない。

 

 免疫抑制剤の副作用もこれと同じタイプになる。免疫は体に侵人してきた細菌やウイルスを撃退してくれる重要な仕組みだが、臓器移植の際にはこの免疫作用が邪魔になる。免疫系は移植された他人の臓器を病原菌などと同じ「異物」と見なし、攻撃してこれを破壊してしまう。この「拒絶反応」を抑見込むために用いるのが免疫抑制剤だ。

 

 一九九〇年代にプログラフという優れた医薬が登場したおかけで、移植手術の成功率はぐっと上昇した。たたし、免疫系を抑え込んでしまう以上、細菌などの感染に対する防御が弱くなるのはどうしようもない。現在のところ臓器移植を行った患者には、必要以上に免疫が低下しないよう、慎重に血中濃度モニタリングしながらプログラフを投与し続ける他ない。これもいわば主作用が副作用と表裏一体であり、全く除きようのないタイプの副作用ということになる。

 

 細胞を殺してしまう抗ガン剤、外敵から人体を守る免疫系をブロックする免疫抑制剤は、いずれも本来なら毒となる化合物だ。実際、現在よく用いられているタイプの抗ガン剤は、有名な毒ガスであるマスタードガスの研究から発見された。

 

 プログラフは藤沢薬品(現・アステラス製薬)から発売された医薬だが、開発の過程で囗の悪い医師から「スシトキシン」(藤沢の毒薬)とあだ名されたことは語り草になっている。これらは休にとっての毒を加減して使うことにより、治療効果を引き出そう・・・

 

『医薬品クライシス』佐藤健太郎著より