なぜ南アでエイズが蔓延したか

 

 医薬の持つリスクに過敏になり、大きな弊害をもたらしている極端な例として、南アフリカにおけるエイズ政策がある。同国は国民の二〇%近くがHIV(ヒト免疫不令ウイルス)に感染しているといわれ、世界で最もエイズの流行が激しい国となっている。何より悲惨なのは妊婦の三〇%近くがHIV陽性であることで、これらの女性から生まれた子供たちはかなりの確率で母子感染を受け、生まれつきのHIVキャリアとなる。

 

 実は先進国においては、もはやエイズは感染イコール死を意味する疾患ではなくなっている。九〇年代から各種エイズ治療薬の開発が急速に進み、数種の医薬を合わせて服用する「カクテル療法」が確立したためた。今やHIVに感染しても、これらの薬の力でその増殖を抑え、発症を避けることができる。もちろんこれら抗HIV剤には副作用もあるが、服用の仕方にさえ気をつければ、HIVに感染しても天寿を全うすることは今や十分可能になっている。

 

 また母子感染についても、ネビラピン(ベーリンガーイングルハイム社)などの抗HTIV剤を服用することで、リスクは半減させられることがわかっている。これらエイズ治療薬は、現代創薬科学の人類に対する最大の貢献のひとつに数えられるだろう。

 

 しかし南アフリカの前大統領であったターボームベキは、これらの薬の副作用だけを強調し続け、決して自国での使用を認めようとしなかった。実際には副作用の危険より、エイズのもたらす危険の方が遥かに大きいことが、厳密なデータによって実証されているにもかかわらずだ。

 

 彼は「西洋の会社が作った医薬などは、アフリカを害するための策略である」と公言し、ドイツのメーカーによる抗HIV薬の無償供与さえ拒絶した。科学的データに基づいたエイズ対策を進めようとした保健省副大臣を罷免し、レモンやニンニクでエイズが防げると主張した人物を大臣に就けた。この結果、長らくエイズ治療薬は南アフリカの医療現場に導入されず、同大統領の辞任までに・・・