「飲み合わせ」という落とし穴

 

 ウナギに梅干し、天ぷらに氷水といった、食べ合わせのよくないものは昔から数多く言い伝えられている。深い科学的根拠はないものが多いとされるが、薬の場合「飲み合わせ」というのは大きな間題を引き起こしうる。専門的には「薬物相互作用」と呼ばれる現象だ。

 

 実際の患者は、数種類の薬を併用している場合が多い。これらの薬の中には、体内の代謝酵素に強く結合し、その働きをブロックしてしまうものがある。そうなると、他の薬の代謝分解が進まなくなり、必要以上に血中濃度が上がってしまうことがある。

 

 この薬物相互作用の有名な例としては、抗ウイルス薬ソリブジンによる薬害事件がある。この薬は抗ガン剤によって免疫作用の低下した患者に対して、ヘルペスウイルスの感染を防ぐ薬剤として投与されていた。しかし、よく用いられる抗ガン剤である5-FUが、たまたまソリブジンとよく似た構造を持っていることが大きな悲劇を呼ぶこととなった。本来なら5-FUを代謝分解する酵素がソリブジンに取られてしまったため、5-FUの血中濃度が予想以上に上がってしまったのだ。

 

 先に述べたように抗ガン剤は一種の毒物であり、濃度の上昇は即大きな事故につながる。こうして発売二ヶ月のうちに十六名の死者が出る事態となり、ソリブジンは販売停止に追い込まれた。

 

 このケースを「薬害」と呼んだのは、ソリブジンと5-FUの構造を見れば、専門家なら薬物相互作用の可能性に気づけたはずだからだ。実際、ソリブジンが5-FUの血中濃度を高めるというデータも発表されていたのだから、これはそれなりの配慮があれば回避できた問題であった。5-FUとの併用さえしなければ、ソリブジン白身は優れた抗ウイルス剤であり、海外では今も使用可能である。しかしこの一件によってソリブジンは日本国内での承認を取り下げられ、現在に至るまで使用不可のままだ。

 

 その他意外なところでは、グレープフルーツに含まれるフラノクマリンという成分がかなり強く代謝酵素の働きを妨げる。このため、グレープフルーツジュースと一緒に薬・・・

『医薬品クライシス』佐藤健太郎著より