厳格化する安全基準

 

 バイオックス事件の衝撃は、臨床試験中の新薬の承認にも大きな影響を与えることになった。特に米国FDΛは極めて審査が厳格になり、承認確率がぐっと落ちた。それまでであれば既存の医薬と少しでも違った点があり、それなりに有効なものならば認可されていたものが、既存品よりも有効性・安全性などに明らかな改善があるものしか認められなくなった。

 

 またバイオックスやケテックのような稀な副作用を事前にあぶり出すため、臨床試験段階で非常に多くの症例データ(ものによってはかつての五~六倍)が要求されるようにもなった。データの量が増えれば、その審査に要する時問も当然延びる。臨床試験はただでさえ最も金と時間を食う段階だが、その負担がさらに増したのだがらたまらない。特に二〇〇五年ごろから、臨床試験長期化の傾向は顕著になっている。

 

 二〇〇八年は、日本各社が勝負を賭けた大型医薬品候補がことごとく「FDAの壁」に阻まれた印象がある。武田のTAK‘475は新しいアプローチのコレステロール

下剤として大きな期待を受けたが、「既存薬に対する優位性を確認できない」として、2008年臨床試験は中止に追い込まれた。

 

 武田の得意分野である糖尿病領域で、有望株とされたTAK1379も失敗。ベンチャー企業ごと二八〇億円で買い上げたSYR1322は承認申請までこぎつけたものの、安全性単認のため追加試験を求められることになり、最低でも二年は発売が遅れる見込みという。粗利の三五%を稼ぐともいわれる「アクトス」の後継品不在は、武田の苦境を一層深めている。これに限らず、近年では糖尿病治療薬は心血管障害のリスクに関して審査が厳しくなり、極めて承認を受けにくくなった。

 

 第一三共も、期待の星であるエフィエント(抗血栓剤)が、アメリカで「出血などの副作用とのリスクーペネフィット比較のため」長らく足止めを食った(二〇〇九年七月、ようやく承認に漕ぎつけた)。

 

 同タイプの薬であるプラビックス(サノフィーアベンティス)は世界で八六億ドルの売上を誇る怪物医薬だが、エフィエントの薬効はこれを上回るとされる。単純計算で、