生活習慣病薬の開発競争


 生活習慣病はかつて成人病といわれていた疾患だ。「成人になってから発症する」と誤解されるため、厚生省がこの名称に変えた。つまり小中学生での肥満、糖尿病が増加の一途を辿っているからである。

 生活習慣病とは、高血圧症、高脂血症(高コレステロール)、糖尿病、肥満症などを指す。これらは互いに関連し合っており、1つの病名だけを云々するのは治療的には無意味だ。また、本来、「生活習慣病」と名付けた理由は、生活習慣を変えれば、これらの病気にはなりませんよ、とのメッセージも含まれている。糖尿病になるのが怖ければ食生活を改善し、適度な運動をやりなさい、ということだ。つまり、生活習慣病はある程度予防で

 しかし、現代人に生活習慣病が増えているのは現実だ。成人の3人に1人は生活習慣病ともいわれている。そこでこの分野の新薬開発競争が始まった。

 日本での最初の生活習慣痴改善薬は、三共の「メバロチン」だ。高脂血症治療薬として躍進するメバロチンは、体内のコレステロールの合成そのものを止めてしまうという効果を持つ。それまでの高脂血剤は、コレステロール値をどう下げるかだった。その発想を根底から変えたわけである。ただし、販売はメルクの「メバコール」に先を越されてしまった。

 三共の研究陣は、当初からコレステロール合成阻害物質の捜索に的を絞った。そして青カビの一種から強力なコレステロール合成阻害作用を持つ「ML-236B」を発見(73年)。ほぼ同時期にビーチャム社が、同じ青カビの一種からML-236Bと同じ物質である「コンパクチン」を発見した。開発競争のライバル登場である。

 さらに74年、三共はML-236Bの関連物質である「モナコリンK」を発見するが、メルク社も同一物質の「ロバスタチン」を発見する。開発競争は時間との勝負になった。しかし、研究にはよくあることだが、ここから足踏み状態に陥る。当初、ML-236Bの実験をマウスに絞って行っていたが成果はなく、ニワトリでもだめだった。しかし、たまたまイヌに行ったところ、劇的な効果があり、初めて「メバロチン」という物質の発見につながった。

 これを大量生産するためにまた一苦労はあったのだが、オーストラリアの土壌から発見された放線菌との組み合わせによって何とか可能になった。高脂血症薬としては、タッチの差で破れたとはいえ、世界では年間30億ドルを売り上げる三共の大型商品「メバロチン」の誕生だった。           に

 日本の高脂血症薬では、メバロチンが6割を占め、メルクの「リボバス」ノバルティスファーマの「ローコール」が続いている。またワーナーの「リビドール」が2000年3月に承認され、5月から山之内が販売している。リビドールは全世界で37億ドル(約4000億円一99年)を販売した大型商品だ。

 しかし、三共より2年遅れて発売された武田薬品の「アクトス」もあなどれない。武田薬品の元社長は、その著「新薬はこうして生まれる」(日本経済新聞社)で次のように語っている。

 「アメリカでのⅡ型(成人型)糖尿病患者の数は1500万人と推定されており、しかもこの数字は過去20年間に倍増していることから、この病気への認識が大きく変貌したことは想像にかたくない。このように発展性の見込める分野で、世界にさきがけて新しい作用機序に基づく新薬の研究で先鞭をつけ、TZD構造をもつ抗H型糖尿病を薬候補化合物を1975年に発見しておりながら、開発の不手際のために同じTZD構造に立脚して三共に先を越された経緯について、私はなぜそうなったのかを知る衝動に駆られた。理由が何であれ、研究を管理する責任ある者にとって看過できない失態というほかはない」

 と森田氏は悔しさを滲ませている。

 TZD(チアゾリジンジオン)には、血糖値を下げるだけではなく、血液中の中性脂肪を減らして肥満を防ぎ、HDL(「善玉」コレステロール)を増やして動脈硬化などの血管への障害を予防するという効果がある。

 しかし、武田のアクトスには、中性脂肪を下げる効果に加えて、HDLを増加させLDL(「悪玉」コレステロール)を増加させない点で、競合品より優れているという。発売されたばかりであるから、市販後調査を待たなければならないが、日本で初めて「世界に通用する新薬」になる可能性がある。