大腸菌と志賀赤痢菌は共通の毒素をもつ


北米において1978年から5年間に下痢患者から分離した2000株以上の大腸菌から58株の細胞毒性を示す株が検出されました。その70%がO125K60H11で、O157H7はこれに次いで2番目に多い細胞毒性を示す血清型でした。1982年11月に、米国のオレゴン州ミシガン州についでカナダの老人施設で出血性大腸炎の流行が起こりました。この流行からもO157H7血清型の大腸菌が分離され、しかもこれらの大腸菌がベロ毒素を産生することが証明されました。まさに歴史的瞬間ですね。この結果、O157H7血清型大腸菌が産生するベロ毒素と出血性大腸炎の因果関係が強く示唆されました。
ベロ毒素と呼ばれる細胞毒素を大腸菌が産生することは、1977年に記載されています。この細胞毒素は、ベロ細胞と呼ばれる日本で確立されたアフリカミドリ猿の腎臓の組織培養細胞に対して細胞毒性変化を引き起こすので、ベロ毒素と呼ばれるようになりました。ベロ毒素は、その別名である志賀毒素様毒素という名前からも推察されるように、志賀潔博士が世界で初めて発見した赤痢菌、志賀赤痢菌が産生する志賀毒素とよく似たもの考えられていました。後にベロ毒素にはいくつかの変種があることがわかりましたが、最初から知られているベロ毒素第一号は志賀毒素そのものです。
およそ40年前、志賀毒素をネズミに注射すると血管の内皮細胞の障害が起こり、出血性大腸炎とよく似た特徴的な症状を起こすことが報告されていました。さらに志賀赤痢菌の感染と溶血性尿毒素症候群が関連があることもわかっていきました。
溶血性尿毒症症候群は、急性腎不全、血小板減少、溶血による貧血が3つの特徴とされます。これは腎臓や他の臓器の小血管の内皮細胞に障害が起こったための変化です。溶血性尿毒症症候群にはいろいろの種類がありますが、その中でも子供のいわゆる突発性溶血性尿毒症症候群というのは急性下痢の前駆症状があって、そのあと数日で起こるのが特徴で、これは出血性大腸炎に非常によく似ている症状です。
1982年に始まる米国とカナダにおける出血性大腸炎の流行に際して、溶血性尿毒症症候群が併発したことが注目されました。その後の世界各国におけるベロ毒素産生大腸菌による集団下痢症の流行に際しては、O血清型に関わりなく、溶血性尿毒症症候群を併発した患者が出るのが普通となりました。成人や高齢者にも溶血性尿毒症症候群が起こることも稀ではありませんでした。この患者の糞便からは、ベロ毒素を産生する大腸菌が分離されるか、弁中に遊離のベロ毒素が検出されました。このようにしてベロ毒素産生大腸菌感染症と溶血性尿毒症症候群発祥の間には密接な関連があることがわかり、出血性大腸炎と溶血性尿毒症症候群は同じ基礎疾患の、異なった臨床的発現であると推定されるに至りました。
こうして、毒素のほうの研究からベロ毒素と志賀毒素は大腸菌と志賀赤痢菌の共通の毒素であることが確定され、これが出血性大腸炎のみならず溶血性尿毒症症候群の発症の原因でもあること、特に子供に見られる突発性溶血性尿毒症症候群の原因であるということがほぼ確定しました。