新薬を創れる国は十ヶ国に満たない

 

 晴れて動物実験で有効な化合物が出てきても、またこれで終わりではない。医薬品には様々なレベルでの安全性が求められる。当然致命的な毒性や発癌性があってはいけない。また薬物が体内へ蓄積してしまうと思わぬ副作用につながるから、きちんと一定時問で排泄されることも求められる。

 

 またかつて大きな薬害問題を引き起こしたサリドマイドのように、世代を超えて毒性を発現するものなどもある。他にも医薬は生理作用の根幹に触れるものであるから、予想外の作用が出ることが少なくない。このため、各種動物で投与量を何段階か変えながら毒性試験を行い、どの程度までなら悪影響がないが慎重に見極める必要がある。

 

 毒性を事前に予測することは難しい。また実際に毒性が出た時、それがなぜ起きたのか、どうすれば回避できるのかも解析できないことが多い。何度も述べる通り、生体は人智を遥かに超えて複雑であり、医薬分子が体内でどう代謝を受けてどこに作用するのか、なかなか読み切れるものではないのだ。近年、ある程度医薬の構造から毒性を予測する研究も進歩しつつあるが、実際には毒性が出るかどうかは運次第という面も少なくない。

 

 このように、医薬研究には多くの側面があり、いろいろな分野の専門家の参加が必要になる。薬物動態を専門に研究するチーム、毒性や安全性について検討を行う専門チームも必要だ。近年では、コンピュータによってどのような薬物が最適かを理論計算によって求める手法が発展しているから、この方面の専門家の参加も欠かせない。他にも遺伝子工学、結晶解析技術など、多くの分野の協力なしに現代の創薬は成り立たなくなっている。

 

 現在、医薬を自前で新しく創り出せる能力のある国は、日米英仏独の他、スイス・デンマークベルギーなど、世界でも十ヶ国に満たない。広い範囲の、ハイレベルな学間を修めた人材が数多くいないと、製薬産業は成立しないものだからだ。

 

 二十一世紀に入り、日本人のノーベル賞受賞が相次いでいる。日本の学問レベルの高さを示す事柄で、大変に喜ばしいことだと思う。それと同様に、医薬を創り出せる能力は、研究者の層の厚さを示す重悟入な指標だ。日本が新薬を創り出せる数少ない国家の一つであり、世界の人々の健康に大いに貢献していることは、我が国がもっと世界に誇ってよいことではないかと思う。

 

『医薬品クライシス』佐藤健太郎著より