いつ透析を開始するか

 

 いつ透析療法を開始するかについては、二つの考え方があります。一つは、腎機能があまり低下していない時期の導入がよいとする「早期開始」、他方は、腎機能がかなり低下してからの導入でよいとする「後期開始」の考えです。

 

 「早期間始」がよいとする根拠は、あまり腎機能が低下すると食欲が低下し、低栄養状態と なると考えられるためです。そのような状態を来すまえに間始する腎機能の目安として、クレアチニンリアランス一五ミリリットル/分前後が提案されています。

 

 一方、「後期間始」とは尿毒症症状が現われる直前の状態で開始して問題ないとする考え方です。

 

 「後期開始」では透析導入前の血清アルブミン値が尿毒症による食欲低下で下がってしまい、低栄養の状態での間始になることを心配する専門家がいます。私の病院での透析療法開始時のクレアチニンリアランスの基準は五~ハミリリットル/分になった時点です。私の患者さんで調べると、透析療法導入時の血清アルブミン値は平均四グラム/デシリットルと正常値下限でした。また尿毒症症状と思われる食欲低下、吐き気は二%と低い頻度でした。

 

 ジョセフーコレッシュ(米国、ジョンス・ホプキンス大学)は低蛋白食を実行していた患者さんの透析導入後三年間の予後は、蛋自制限をしていなかった群に比べて良いと報告しています。私の病院の腎センターの前田益孝は二〇〇三年に低蛋白食を実行していた群六一人と実行不十分の群三九人の透析導入後六〇か月の生存率を比べ、低蛋白食群の方が良い生存率を示したと報告しました。このような成績から私は後期間始が正しいと思っています。血液のみならず家庭での二四時間蓄尿のデータから栄養障害の発生を監視するという条件がつきます。

 

 私の食事療法は、特殊な場合をのぞいて蛋白摂取量をいくら低くても〇・七五グラム/標準体重キログラムまでとしています。このようなあまり厳しくない低蛋白食ですが、クレアチニンリアランスが低下していくのに尿毒症症状はまったく現われず、いつ透析療法を開始したらよいのか判断に迷う例もかなりあります。クレアチニンリアランスが四ミリリットル/分と低下しても食欲低下すら現われず、やむを得ず透析療法間始に踏み切った五二歳男性例の経過図です。

 

 透析療法の医療費は保存療法のそれの七倍とずっと高額なので、利益を上げるために早目の透析導入が行なわれているのではないかと考えられがちです。しかし保存療法中心でずっと過ごしてきた私の目から見て不当に早い透析導入はほとんどありません。

 

 食塩制限はいきなり透析療法を始めた人では不十分なのではないかと思われますが、透析患者では蓄尿で食塩摂取量を調べるという方法が使えず、正確にはわかっていません。

『腎臓病の話』椎貝達夫著より